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離魂病(りこんびょう)

むかしむかし、越前の国(えちぜんのくに→福井県)に、原仁右衛門(はらにえもん)という人がいました。

家には奥さんと二歳になる男の子がいて、若い女中さんを一人やとっていました。

ある時、仁右衛門は仕事で、京都へ行く事になりました。

そこで奥さんに、

「わしが戻って来るまで、ふた月はかかると思うので、子どもの事をしっかり頼んだよ」

と、言って、出かけて行きました。

奥さんは若い女中さんだけでは用心が悪いので、もう一人、年寄りの女中さんにも来てもらう事にしました。

ところが年寄りの女中さんはひどくやせていて、時々、のどを詰まらせた様なせきをするのです。

「お前さん、体の方は大丈夫かい?」

 奥さんが、心配してたずねても、

「はい、せきが出るのは生まれつきで、ほかに悪いところはありません」

と、言うばかりです。

 そこで仕方なく、家にいてもらう事にしました。

さて、仁右衛門が出かけて、三日ほどすぎた夜ふけの事です。

女中さんのひどくせきこむ声に、奥さんは目を覚ましました。

(やれやれ、これじゃ、とても眠れやしない)

奥さんがイライラしていると、せきこむ声が、やがて苦しそうなうなり声に変わりました。

(どうしたんだろう?)

奥さんは明かりをつけて、女中さんたちの寝ている部屋のふすまを開けました。

すると、まくらもとのびょうぶの下に何か丸い物があって、コロコロと動き回っています。

(何だろう?)

不思議に思って明かりを近づけてみると、何と年寄りの女中さんの頭だったのです。

体はふとんの中にあるのに首だけがひもの様に伸びていて、その先にある頭がうなりながら、コロコロ転げ回っているのです。

(ろ、ろっ、ろくろっ首!)

奥さんは、もう少しで悲鳴をあげるところでした。

でも子どもを起こしてはいけないので、じっと我慢すると、もう一度そっと頭を見ました。

年寄りの女中さんはじっと目をつむったままの怖い顔で、まくらもとのびょうぶをヘビみたいにスルスルと登って行きます。

奥さんは何とかして、もう一人の若い女中さんを起こそうとしました。

でも、そんな事には気づかないで、よくねむっています。

そのうちにやっとびょうぶの上に登りついたろくろ首は、ころんと向こう側へ落ちました。

とたんに、激しいうなり声が響きました。

そしてまた、しわだらけの長い首だけが、びょうぶの上でゆらゆらとゆれています。

奥さんはもう我慢出来ずに部屋を逃げ出して、子どものそばへ行きました。

恐ろしくて、体の震えが止まりません。

「奥さま、何かあったのですか?」

騒ぎに気づいたのか、若い女中さんが目をこすりながら部屋から出てきました。

奥さんは黙って、女中さんたちの部屋を指さしました。

するといつの間に首が戻ったのか、年寄りの女中さんも起きて来ました。

「奥さま、何かありましたか?」

年寄りの女中さんも、自分が原因だとは知らずに奥さんにたずねました。

「えっ、いや、それは、お前が、ひどくうなっていたので・・・」

奥さんは、それだけ言うのがやっとでした。

「すみません。みんな起こしてしまって」

年寄りの女中さんは、何事もなかったように自分の部屋に戻りました。

それからは静かになっても、奥さんは怖くて眠る事が出来ません。

 次の朝、奥さんは年寄りの女中さんに昨日の事は何も言わずに、他の理由でひまを出しました。

むかしの人は、自分がろくろっ首である事を知らない人を『離魂病』と言いました。

この『離魂病』は本当の病気の様に、人にうつる事があると言われています。

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